俳句とみる夢

笠原小百合の俳句な日々。

寺澤佐和子句集『卒業』 人生を刻む俳句

寺澤佐和子句集『卒業』を読んでの感想を記します。

 

佐和子さんとは俳人協会の若手句会を通して知り合いました。

包み込むような笑顔でいつも真っ直ぐに向き合ってくださり、文語文法にもお詳しく、そういった意味でも頼りになるお姉さまです。

そんな佐和子さんの第一句集『卒業』より、特に好きだった句を鑑賞していきます。

 

f:id:sayuri0311:20210126093223j:plain

 

みづからの定めし白に辛夷咲く

この巻頭句でがっちり心を掴まれました。

辛夷のあの白さは、自分で決めた白さだったのか!

辛夷の花を見て生じたその感覚を見事に一句に仕立て上げてしまう作者。

ブレない軸を持つ、信念の強い人なのだと感じました。

 

大げさに跨いで通る冬菫

冬菫のささやかな存在と、上五中七の豪快とも思える動作の対比が心地良いです。

大切な存在を守るためには、やりすぎなくらいの言動も時には必要なのかもしれません。

 

掃除機を蹴つて動かす七日かな

一番共感した句でした。「七日」にリアリティがあります。

もしかしたら佐和子さんとわたしは、近い性格なのかもしれません(笑)

 

なみなみと海に盛られし大西日

大西日が海に盛られているとは、なんとも壮大な捉え方です。

「なみなみと」が豊かな海を想像させます。

 

ぞんぶんに赤子を泣かす終戦

赤子は泣くのが当たり前ですが、赤子が泣きたいときに泣きたいだけ泣かせておけるのも平和があってこそ。

非常に巧みだと思いました。「終戦日」と真正面から向き合うその姿勢も素晴らしいです。

 

靴洗ふしづく大粒夏きざす

靴を洗うという動作は、集中して一心に行うことが多いように思います。

黙々と洗う姿と大粒の雫がきらきら輝いて見えてきます。 

 

青年の日焼スーツに収まらず

この場合のスーツはリクルートスーツでしょうか。

まだまだ遊びたい気持ちと、はやく自立して少しでも安定したい気持ち。

「日焼」と「スーツ」の取り合わせは、様々なストーリーを想起させます。

 

健診は何事もなし氷菓買ふ

前後の句と合わせて解釈すると、妊婦健診だと思われます。

甘いものはなるべく控えた方がいいのかもしれませんが、今日くらいは氷菓でも。

健診って本当に緊張するんですよね。安堵感がよく表現されていると思います。

 

足音の家族ばらばらあたたかし

先程の句が誕生してから数年後の光景。

足音はばらばらだけど、同じ家に暮らす家族です。

「あたたかし」に込められた深い愛情に心が温まります。

 

壇上の五歩踏みしめて卒業す

「五歩」のリアリティが、句をぐっと身近な体験として引き寄せてくれます。

卒業の壇上を踏みしめるように、佐和子さんは俳句に人生を確かに刻まれてきたことを感じます。

 

 

昨年、佐和子さんが所属されていた「未来図」は、主宰である鍵和田秞子先生のご逝去に伴い終刊となりました。

そして現在、「未来図」の後継誌である「磁石」の中心メンバーとして佐和子さんがご活躍されているとお伺いしています。

俳句を取り巻く環境が一変し、これから一体どのような人生が佐和子さんの句に刻まれていくのでしょうか。

一読者として、ひとりの仲間として、心から楽しみです。

その凛とした強さで、新たなステージも突き進んでほしいです。

 

笠原小百合 記